Popol Vuh
Hosianna Mantra (1973/09/27)

King Record KICP 2729 - total time 37:53 + 4:30


  1. Ah! 4:46
  2. Kyrie 5:27
  3. Hosianna - Mantra 10:19
  4. Abschied 3:16
  5. Segnung 6:09
  6. Andacht 0:44
  7. Nicht hoch im Himmel 6:23
  8. Andacht 0:47
  9. bonus track (SPV only) :
    Ave Maria 4:30

上級登山者であっても手に負えない妙義山・星穴岳。 一般には 近づくことさえ困難 なその山に思いを寄せる作品、星穴マントラ。 んな訳ないか。閑話休題。

音楽的アプローチの大転換を図った3作目。 エレクトロニクスやサウンド・コラージュを封印し、 アコースティック楽器によるアンサンブルへと変化した。 韓国出身のソプラノ歌手 Djong Yun の美声。 Gila の中心人物コニー・ファイトの浮遊感溢れる繊細なエレクトリック・ギター。 そしてフリッケによる生ピアノ。 さらにタンブーラ、オーボエ、ストリングスが彩りを添える、あまりにも美しい、珠玉のアンサンブルだ。 パーカッション類は一切使用されず、完全ノンビートの徹底ぶり。 この大胆な変化は、天才的なひらめき、としか言いようがない。

「美しいアコースティック・サウンド」といえばニューエイジ音楽を連想し、 イージーリスニングの延長と捉えてしまうかもしれないが、 本作においては、その心配はない。 むしろ聴けば聴くほど、アンサンブルの構成、演奏、音響効果について新たな発見がある。 幽玄な音世界に、どっぷりと浸かりたい。

Hosianna - Mantra : track 1-3
Das V. Bach Mose : track 4-8
以上のように、前半後半でそれぞれ組曲風タイトルが付けられているが、 ノンストップ大作を構成するものではない。

Ah!
ピアノとアコースティックギターによる、珠玉のアンサンブル。 雪崩れ落ちるようなピアノのフレーズが聴き所である。

Kyrie(キリエ)
浮遊感あるエレクトリックギターとピアノに乗って、いよいよ Djong Yun のボーカル登場。 バックに流れるタンブーラが、繊細な音場にアクセントを与えている。 ライナーノーツ(歌詞)には Kirie Eleison という言葉が並んでいるが、ギリシャ語起源で、主、憐れめよという意味らしい。 別バージョンが Letzte Tage Letzte Nächte に収録されるので、ぜひ聴き比べてみたい。

Hosianna - Mantra(祈り−真言)
Hosianna はヘブライ語に由来する祈りの言葉、そして Mantra は真言。 妙な組み合わせだが、祈りは民族や宗教の枠を超えて、本質は同じ(清らか)であるとのニュアンスだろうか (皮肉にも世の中、宗教の仮面を被った暴力が蔓延っているのが悲しい)。 本アルバムでは最長のタイトル曲であり、クライマックスを形成する。 Djong Yun による可憐なホースィアーンナー・コールを中心に、 ピアノとエレクトリックギターによる躍動的なアンサンブルが繰り広げられる。 この曲のフレーズは、後のアルバム Seligpreisung 〜 Das Hohelied Salomos でも使われるので、チェックしてみよう。 ライナーノーツには「アーメン、ダビデの息子、ダビデの息子、、、」と記載されており、これも次回作以降につながるキーワードになっている。

Abschied(別離)
オーボエをフィーチャーしたインストゥルメンタル。 間奏曲という趣き。

Segnung(天の恵み)
Andacht(祈り)
Nicht hoch im Himmel(天国の高さでない)
Andacht
Djong Yun のボーカルをフィーチャーしたアンビエント作品群で、どこか寂寥感あり。 ピアノ奏法の、予想外の変化がアクセントを添える。 間に挟まる Andacht は、ドローンとアコースティック・ギターのリフで構成される短編。

ボーナストラックは Djong Yun 名義のシングルとのことで、本編から続けて聴いても、全く違和感なし。 というよりも、同一セッションで録音されたに違いないっぽい。 浮遊感あるバッキングとストリングスに、珠玉のボーカル「アーベ・マリーアー」。 残念ながら盤起こしで、プチプチ針ノイズは消せたようだが、劣化が進んでいるのか音割れ気味。 終盤にはジャリ・ジャリという嫌なノイズもある。

しかし、何故このような方向転換が必要だったのか? 推測ではあるが、当時のモーグ・シンセサイザは、演奏家としてのフリッケにとって、あまりに制約が大きすぎたのかもしれない。 前2作を聴き返してみると、最初は実験的サウンドでスタートするものの、次第に音楽的表現に苦心していったのでは、と思えてくる。

Popol Vuh : piano, cembalo
Conny Veit : E. & 12 string guitar
Robert Eliscu : oboe
Djong Yun : sporan
Klaus Wiese : tamboura
Friz Sonnleitner : violin
ここで、Popol Vuhはフローリアン・フリッケを指す。



裏表紙
ライナー


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