CAN について

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カンは1968/7/19に結成、オリジナル・メンバーは、ホルガー・シューカイ、ミヒャエル・カローリ、ヤキ・リーベツァイト、イルミン・シュミット、デヴィッド・ジョンソン(ヴァイオリン)の5人。カンの名前の由来は出来るという意味のほかに、馬鹿、尻、刑務所などのスラングを含み、各々が学習の中から得たものを缶の中に投げ込むという意味をこめてつけられた。後年、イルミン・シュミットはCommunism、Anarehizm、Nihilismの頭文字を並べたものであると語っている。
ファーストアルバムのレコーディング直前にデヴィッド・ジョンソン脱退、黒人ボーカリストのマルコム・ムーニーを加えて制作されたのが、このMonster Movieである。当時、レコード会社との契約が出来ず、600枚限定の自費製作盤としてリリースされ、後にUAから再発売された。現在では、SpoonレーベルのCD盤が、Mute Recordsから入手できる。
(レビュー作成にあたって「Cannibalism 1」高橋直己氏の解説文を参照しました。)

CAN結成までの経緯において、中心的な役割を果たしたのはキーボード奏者のイルミン・シュミットだった。

1) イルミン・シュミット
1937年生まれ。ドルトムント音楽院で正規の教育を受け、オーケストラの指揮者としても活動。
現代音楽家にも興味を持ち、1966年に渡米。スティーブ・ライヒ、ラ・モンテ・ヤング La Monte Young 、フルクサスのアーティストたちと交流する。
そして新しいスタイルの音楽集団の結成を意図するようになった。もっともインスパイアされたのはフレデリック・ジェフスキがイタリアで組織していたライヴ・エレクトロニクスのグループ、ムジカ・エレクトロニカ・ヴィヴァであった。

2) ホルガー・シューカイ
シュトックハウゼン門下のジャズ・ベーシスト。

3) ヤキ・リーベツァイト
マンフレッド・ショーフなどフリージャズのセッションで活躍。

4) ミヒャエル・カローリ
シューカイが音楽教師をしていた頃の生徒。
2001/11/17 他界。享年53歳。

1968年、以上のメンバーが合流。ケルン郊外の古城を借り、インナー・スペース・スタジオを立ち上げて、セッションを繰り返す。

その後、アメリカの黒人画家、マルコム・ムーニーがヴオーカルとして加入、ただし当時、ヴォーカリストとしてのキャリアは皆無だった。
一方、フルートやテープ操作を担当したアメリカ人のメンバー、デヴィッド・ジョンスンが脱退している。

そして1969年、自身のレーベル、ミュージック・ファクトリーからMonster Movieをリリースする。

マルコム・ムーニーは精神を患って、1年半後にグループを去る。追って加入した日本人ボーカリスト、ダモ鈴木も5作目Future Daysをもって、音楽的な意見の相違がもとで脱退する。CANの作品が最も輝いていたのは、デビュー当時から本作までとされる。以降は専任のボーカリストを迎えず(ミヒャエルやイルミンが兼任)、更なる実験を繰り返すが、シューカイ一時脱退などの影響もあって、やがて解散に追い込まれる。

解散後はソロ活動となるが、元メンバー同士のセッションが度々行われる。 なお、Rite Time は結成20周年を記念して、1989年に発表された作品。ここでは、マルコム・ムーニーが復帰している。

以上、Young Persons Guide 2 Progressive Rock (音楽之友社)を参照しました。

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